2020年04月10日

価値の普遍性-17

安藤英治・承前
価値自由の精神構造
安藤104頁「かくて、「価値自由」が主体性の論理であることは明らかである。....自己の価値世界と如何に異なった価値世界と対立してもいささかも揺らぐことのない自立性――この自己確信の強さがあってはじめて事実を事実として認識することができる。いかなる事実をも――自分にとって最も好ましからざる事実をも」。
この箇所、すこぶる非論理的である。自己の価値観にそぐわない現実を直視せよ・・これは倫理的に自己の利益に反する価値命題を認めよ、ということがらと五十歩百歩である。付け加えるとすれば、自己の価値観にそぐわない現実とは、価値中立的な現実ではなく、他者の評価をまって成立する現実である。価値自由要請は、価値抜きの現実をいただくものではなく、いわば、他者性を媒介にして成立する公共的な価値にもとづく現実・・・けだし倫理学が要請するのと遠く離れていない・・・を認めよ、ということかもしれない。したがって満腔の非同意を以て、ヴェーバーの結論を受け流すことができる。
「自分とちがう価値評価を心理的に理解すると消え失せてしまうような倫理的信念などは、科学的認識によって破壊されてしまうような宗教観程度の価値しかもっていない」(WL,S.465-466.)。
ちなみに倫理的価値が心理的問題でないことは、およそ真面目に哲学を初歩から学んだ人なら、多くは認めることがらである。そして新カント学派の哲学者たちにとっては、あまりに自明すぎることがらに属していた。
posted by 9ki1to at 05:00| Comment(0) | 価値 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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