2019年10月24日

「小谷論文・道徳と〈幸福であるに値すること〉」の査閲-3=2019/10/24=2019/10/25

ref.AA5,25
→幸福内実として目的的ないし手段的価値を持ちうる具体的な対象は、そうした価値を経験的・相対的・偶然的に担うにすぎない。
「幸福への指示そのものが全く無意味だと言いたかったわけではない」。幸福に含まれるであろう目的は存在しうる。それを実現する行為の格率、怜悧の助言は存在しうる。
現代カント主義における道徳と幸福
・コースガードの価値構造論理解
@価値の主観主義でも客観主義でもない理性主義
・・・理性主義者は「ある客体ないし状態は、それを実現ないし引き起こすのに十分な実践的理由が存在するならば善である」(Korsgaard,1996,p.226)と定義。
A価値の内在性

十分な実践的理由を普遍化可能性に見いだす。
普遍化可能性の限界・状況が違えば、選好に食い違いが生じる・・・価値の淀み
価値の淀みを解消するためのは、自己理解として解釈し直すということが必要になってくる。
普遍化可能性の問題とは、論理空間の拡張の問題である。彼岸としてのロゴス・定立としてのパトス。
ロゴスは超越的に他者を絶対化する。パトスは内在的に対人的レシピを立てる。・・・幸福の分散化。
posted by 9ki1to at 05:42| Comment(0) | 価値 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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