2019年10月22日

「小谷論文・道徳と〈幸福であるに値すること〉」の査閲-2=2019/10/22

二、道徳に由来しない幸福の価値
二-(2)何が幸福なのか p.89「あらゆる諸対象は幸福という理想に包摂され、欲求の対象となりうるのである。ただし、諸対象は経験的・相対的・偶然的にしかこの価値を持ちえない」。

ところで二-(1)の記述では以下のようになっている。
引用A570/B598によれば、「「構想力の理想」としての幸福は「可能的な経験的直観によっては到達できない見本」であるが、しかし「説明と吟味に耐えうるような規則を与えることはない」ような代物である。すなわち幸福概念はそこから必然的な規則が導出されることのない、そういった理想なのである」。
幸福への意欲が普遍的である理由。
@カントは幸福を人間の自然存在という側面と結びつけている。
A幸福への普遍的意欲は、幸福が理想だからである。
cf.浄福;純粋な理性的存在者にとって。それに対して幸福は有限的存在者にとって有意味である。


善と愛の交差系
善の承認・・・較認>照会 彼岸に立つロゴス
美の交換・・・照会>較認 定立されるパトス

較認のなかで幸福が選び取られる。その語の一番、広範な意味で。合理的自愛をベースにしつつも、とくしゅ倫理的に限定される善。
照会は技巧の形で較認を調停する。普遍化そのものというより、個人の価値観に即した決定である。美的普遍性とでも言うべき技巧。
posted by 9ki1to at 11:43| Comment(0) | 価値 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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