2018年12月10日

記述と機能・ティーパーティー事例=2019/2/1=2019/11/13=2019/12/31

 記述を拡張された選択肢にもちこむと独立性が侵犯されることが知られている。記述を含んだ選好に、独立性を追求する試みを考えたい。これはあるていど、帰結に本来的な機能をもちこむ試みに一致する。
 センのティーパーティーの事例を状況的人工物の例に改作する。x;自宅の椅子 y;友人宅のティーパーティーの参加券 z;吸引するコカイン。
{x,y}ではyが選ばれ、{x,y,z}ではxが選ばれるとき、無難(y)=無難(x)という内包的に独立な選択が選ばれている(外延的には独立性は保たれない)。
{x,y}ではyが選ばれ、{x,y,z}ではzが選ばれるとき、遊興(y)=遊興(z)という内包的に独立な選択が選ばれている。
yに無難か遊興か、いずれかの記述を与えることは、選択者の意図に委ねられている。このように考えて、内包の整合性を追求すれば、ティーパーティー事例は、独立性への反例にはならない。
補足:
{x,y}ではyが選ばれ、{x,y,z}ではyが選ばれるとき、人を選ばぬ社交(y)=人を選ばぬ社交(y)という内包的に独立な選択が選ばれている
{x,y}ではxが選ばれ、{x,y,z}ではxが選ばれるとき、自閉(x)=自閉(x)という内包的に独立な選択が選ばれている
{x,y}ではxが選ばれ、{x,y,z}ではyが選ばれるとき、気まぐれ(x)=気まぐれ(y)という内包的に独立な選択が選ばれている(外延的には独立性は保たれない)
{x,y}ではxが選ばれ、{x,y,z}ではzが選ばれるとき、反社会社交性(x)=反社会社交性(z)という内包的に独立な選択が選ばれている

これらの照会的な記述のうちで、優劣ということを考えることができる。そのさい働くのは、選好充足的な考え方に、解釈学的(反照的均衡的)な循環を持ちこむ議論である。
 独立性を保存するより、あえてそれを破る選好に開かれていることを正視しなくてはなるまい。ただし記述を考えることで、独立性が相対的問題であることが判明する。
 そしてこの反省的境地においてもメタ的な優劣を考えることができる・・・つまり、どの記述をとるのか、ということは、全くの恣意的問題ではない。
posted by 9ki1to at 03:46| Comment(0) | 価値 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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