2018年06月14日

情動のモジュール性=2018/9/18=2019/2/1

 ミュラー・リヤー図形のあり様が、以下のように認知的契機を、知覚に委ねてはならないことを、示しているのではなかろうか。ここで↔状の図形が、ものさしで計測すれば、若干長いとして見よう。しかるにこの偽ミュラー・リヤー図形がもつ錯視安定性から、もう一本に比べて短い錯視を抱くことも考えられる。このさい、↔のゲシュタルトとしては、ミュラー・リヤー図形も、偽ミュラー・リヤー図形も、より短いものとして立ち現われるが、〈正確な認知〉としては、前者においては同じ長さ、後者おいてはより長いという具合に食いちがうのである。このことは一、錯視のモジュール性が体系性を欠いていること、二、錯視と中立的な判断が変われば、見かけの内容も変化しうること(情動について言えば、飛行機恐怖症に安全性を教えると、自分の小心に自卑の情動を抱くように変わるかもしれない)で、錯視のモジュール性を反省的判断まで及ぼせないことを示唆する。

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 見えの長さを、認知的性質としないで、真偽の埒外に置くという対処も考えられる。だがしかし見方の性質に言及していることは、たしかである。
posted by 9ki1to at 05:54| Comment(0) | 価値 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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