2016年07月28日

ジンメル承前=2017/5/7=2017/6/1

 人格は相互作用の織合わせとしてあり、感覚の流れを超えた人格的同一性を成しています(Fellmann,F.,S.311.)。心理的な相互関係をとおして産み出されてきた人格的統一は、理論的・実践的世界の客観的契機となることでしょう(6.Aufl.,S.79.)。こうした相互作用は、実用的なものから、超越論的なものの次元へと分岐してゆきます 。……実用的な次元に属するジンメルの経験的主観はカントと異なり、彼は「自己貫徹性・機能的同化作用・感化・自己関係・あらゆる表象内容の範囲内での自己溶融」に人格性を見出しています(Philosophischer Kultur,Postdam, 3.Aufl.,1923,S.204.)。それは対象を取りまとめるカント的総合とは相違する働きです。
 ここから分岐してくる超越論的次元は、同一化と差異化という象徴的機能として理解されえます。いずれにしても相互作用から主観的に演繹することによって、ジンメルの人格性はカントのそれと様変わりしているのです。ジンメルは全認識形式を相互作用の変容によって捉えようとします。カテゴリーが棄却され、それに代わって、いまや生の形式が歴史的アプリオリとなることでしょう(Fellmann,F.,S.S.313.)
 ジンメルの芸術の自律という考えは、新しい人格性の捉え方を可能にしました。この考えは歴史概念に移行します。人格の統一は、ここでも歴史的現実の関係にとって指導的カテゴリーとなるのです(Fellmann,F., 1994,S.317.『歴史哲学の諸問題』第二版,1905)。これにさいして、ジンメルは歴史的客観化をとおして、現代人の「支配」に終結をもたらすという目標を立てていました(loc.cit.)。
 「自然と歴史は、認識対象である人間を作りだす。だが認識主体である人間は、自然と歴史を作りだす」。つまり歴史家=認識主体の自由は、決定された歴史的現実という認識対象と結びつきうるかという案件とかかわるのです(loc.cit.)。つまり歴史解釈の自由はいかに保証されるか、という問題です。このさい、ジンメルでは、人格性というアプリオリは歴史家の役割を特徴づけるのみならず、歴史的現実の構造はじしんに拘束されてはいない(loc.cit.)。統一的に構成する人格像は、自己像によってその行為が動機づけられているかぎりでのみ、歴史的諸主体に当てはまります(loc.cit.)。彼らは歴史的現実を、まず何はさておき象徴的に媒介された現実性あるものとして把握します(Fellmann,F., 1994,S.317-318.)。人間は現実的な人格像を濃密にするかぎりにおいて、歴史的現実へとなりうる、という仕儀なのです(Fellmann,F., 1994,S.318.)。
 ジンメルじしんは人格的アプリオリのユートピー的次元を社会や歴史の方向にのみ展開するのではなくて、個人的主観の方向にも引き戻したのでした(Fellmann,F.,S.321)。ここでユートピー的なものは「当為の形而上学」として機能し、そのなかで相互作用の原則は、きわめて純粋なかたちで展開してゆきます(loc.cit.)。その意義は人格のアプリオリが、自己意識から道徳的義務づけの現象を理解せしめる思考形式を準備する点に存しています(loc.cit.)。
 「当為とはいやしくも生を陵駕したり、もしくは生に対立したりするものではない。むしろ生が生自身に意識されるところの、現実的なもののあり方そのものに他ならない」、この意味で当為は「生の直観」(1918,S.156)と呼ばれるのです(loc.cit.)。当為は定在と等根源的な所与であるとして、デカルト的cogitoを跨ぎ越しているでしょう。なぜなら他者が私たちをどう見るか、ということを私たちが欲する=他者の評価に沿った自己像を、私たちは形成しているからです(loc.cit.)。したがって、サルトルのごとき実存主義的な主観主義とはおよそ異なった様相を呈してきます。つまりジンメルは人格構成的機能を社会的視点に帰すのです。「私たちはことごとく、断片である。一般的人間の断片であるのみならず、私たちじしんの断片でもある。私たちは――原理的に名づけられない――私たちじしんの個体性と唯一性の端緒であり、イデールな線で描写されているがごとき、私たちの知覚可能な現実を取り巻いている。この断片を、とはいえ、私たちが決して純粋でなく、まったきものではないことに対して他者の視線が補完として働く」(Soziologie,2.Aufl.,1922,S.25.) (Fellmann,F.,S.321-322)。個体性とイデアリテートは分離できません。普遍的なものは経験的現存外部の超世界的絶対としてではなく、象徴的相互作用が閉じていないことの帰結として、現われるのです(Fellmann,F.,S.322)。されば自己像と他者像はたがいに支え合い、イデールな人格は「主観がじしん、ないし対峙して認めるさい包摂する」カテゴリーを形成してゆきます(loc.cit.)。ここで類型的な把握が生まれ、それが規範的機能を獲得するでしょう。当為とは形而上学的な叡智的性格ではなく、象徴的な私を徴づけるのでした(loc.cit.)。そうして道徳的義務づけを理想主義的・功利主義的道徳基礎から疎遠な仕方でもとづけることを、ジンメルは試みます。自己像は内的形式の法則を意欲に服従させるかぎりにおいて、自己像による義務づけの基礎づけは象徴的性格をもっています(loc.cit.)。この個人的道徳法則をめぐり、叙述倫理と態度倫理が、心情倫理に代わって現われるのです(Fellmann,F.,S.323) 。道徳はあらゆる行為や言表で「私たちの歴史に対する責任」を経験的主観に課する象徴的形式として現われるのです(loc.cit.)。
 ヒューム的「ふり」は、いっしゅイデールな次元の役割存在と、経験的存在との分岐を前提していました。人格はあまたに放散する契機の束であり、その含意として他者からの捉え返しを要求します。この多元的構図が、位置相関的客観性のアプリオリに応じた、有限責任論的な役割存在です。それは擬-心理的次元に属す、認識を他者との相関で引き受ける責任ある人格に他なりません。
 翻って、リッカートが歴史的認識の定礎を実践的評価においたことが思い出されましょう。認識も価値判断の一種である、つまり判断は一種の態度決定である、と見なしてはどうでしょうか。実際、文化科学の価値関係的手続きでは、対象のどの面を重視するかは、(超越論的主観を包摂した)個々の認識主観に任せられます。主観に視点の自律性があるということは、歴史記述が価値評価に委ねられているということです。すなわち部分的にせよ、「行為者相関的」(DR)な判断の責任が、人格的決断に委ねられている、ということを意味します。歴史家は、価値関係的手続きにおいて「少なくとも彼が個別化的に対象に結びつけた一般的価値に対して、一定の態度をとる」(Rickert,H.,1905,S.83-84)。つまり例えば政治史を書く歴史家は、政治という価値に一定の意味を認めているがゆえに、政治史を書くのです。よって、「歴史はただ評価するものに対してのみ存在する」(Rickert,H.,1905,S.84) 。このように、歴史学を取り上げてみれば、学知の根底に相対的な価値判断=歴史的アプリオリが食い込んでいます。このことはジンメルの人格が鍵となって、認識の自由が保証されていた/裏返せば認識を引き受けていたことと符合します。
 繰り返しになるが、人格という束は他者から挿入される自己像でありえます。この象徴的に徴づけられた人格のなかに、心理的な役割が棲み込んでいます。束をなす当為の徴は、――イデールな次元に言及しているものの――アプリオリの歴史的刻印、つまり心理的負荷以上を出ません。とするなら、個々の状況に放散して叙述や態度のかたちで統制される倫理は、心情倫理の域を脱するものの、勝義の責任倫理ではありえないでしょう。それは個々の状況の他者との心理的相互作用による網の目であり、行為者相関的なさまを示しています。
 ジンメルの倫理は純粋な心情倫理ではありえず、責任倫理から蝉脱しています。このことが成り立ちえたのは、相互関係において行為を承認するという、ジンメルの擬-心理主義がその下地にあったからです。人格がかく、いっしゅの対他的反照性において成り立つ心理的現象であるのならば、ジンメルの倫理に役割存在に定位した有限責任論を見出せましょう。それは責任倫理の枠を離れて、セン的な「行為者相関モラル」に則すことを意味するのです。

 注意:人格が意識一般を扮する構造をrole-takingとして捉えたい。
posted by 9ki1to at 05:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 様相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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