2020年01月04日

リッカートの事実判断(価値判断)-3シミュレート感応説

 高次認知的情動それぞれに、はたまた認知的信念に、特有の身体的反応が伴いうるか、と問うてみよう。このことに関連して、身体性の反応によっては、認知的構成要素が一義的に精緻化されるわけではない、という説がある。認知的状況が「再較正」(recalibration)によって決めるのは、たかだか情動・信念の種類にすぎない、というわけである。較正とは、或る「探知器」に反応する情動について、「或る探知器で測ったらAだったのに別な探知器ではBになる」という外見上の不一致を避けるよう、共通の基盤を探し、それぞれの探知器の追跡を把握することである。例えばネズミは過去の状況によって、餌を得るよう因果的に条件づけられているが、そのために餌の場所まで泳ぐというようには、条件づけられていないとする。後者の認知的条件下では、例えば餌を得ようとする情動が、「泳ぎ」を促すものとして修正をこうむる。こうして因果的に獲得された本来の身体性の情動からの逸脱も、さらなる再較正によって説明されうる。例えば通常の身体性の「怒り」は、或る種の認知的判断の状況下では、「不貞」に関する判断への反応として生じた「嫉妬」となる。例えば通常の身体性の「快感」は、反省を潜り抜けることによって、「幸福」として再較正される。このように別の認知的状態のもとでは、別の情動・認知を構成する。もとより個々の高次認知的情動に対応する「原」情動・「原」信念は共通なのだから、身体的反応はもとの情動から派生したとしてもよい。とはいうものの認知的状態による決定は、再較正を積み重ねて、身体性の評価が帰属する情動の種類にまで及ぶ。そうだとすれば、「ドクサ・思いなし」たる高次認知的情動は、認知をとおして、おのおのの特色をもつことになろう。それは、過去の経験に拘束されない、新奇性に感応した選好に応接する、というわけである(ドレツキ,F.,2005,第六章2.)。

 このように再較正によって、妥当からのかかわりを再解釈することで、認知の種差・情動の種差が生まれてくる。そのなかで普遍化的経路によって、勝義の価値判断として、述定的価値判断を含んだ様々なそれが立ち上がる。つまり@再較正とA普遍化ということが、認知主義的・合理主義的な価値判断のベースである。

 かようにも、価値判断は妥当の(準)価値的かかわり(それが情動にかかわるかぎり、価値判断に上昇しえない)を迎い入れて成立する、非自然主義的な業である。認知的な核は、妥当という客観軸が用意し、価値判断の種差の成形、ひいては普遍化的な構成は、迎い入れる態度決定が主導権を揮う。この妥当機軸のモデルにおいては、事実判断も価値判断の一種とみなしうるという長所があるのである。

 ところで真であるとはスピノザにあって、現実性の必然的な概念的総体を意味していたのである。すなわちスピノザ的に、永遠の相のもとの真理に住まうことは、有限者と神の思惟が一致する水準を考えることである。ただしリッカートから見れば、人間主体にとって、思惟と延長の同一性が成り立たないとする(BL.22)。すでに見たように、スピノザ的永遠には、自由の余地がない(リッカートはそれを緩和すべく、必然性概念を穏やかなものに解する(BL.24.))。

 こうしたスピノザ的自体的境地と掠るかたちで、リッカートの妥当(なかでも論理的妥当)ということから、認知主義が切り開かれる。それは個性主義的「価値多神教」と結びついた、真なる知(Gnosis)の探求であった(S. Griffoen, 1998, S.70.)。ここでリッカート的合理性を、異端的ではあるが、「主意主義的認知主義」と呼びたい。

 これに関連して「環境の表象」と「自分の多数の選択肢の表象」とを内在的領域に形成しつつ、シミュレーションを行うところに、ポパー型生物の特徴がある(戸田山和久、二〇一四、二六四頁)。それに引きつけて、合理的認知たる当為(妥当の派生態)の選択を考えてみたい。加藤泰史の言い方をもじれば(加藤泰史、二〇一四、一五二頁)、当為の次元を開示することで規範的次元を切り開き、――妥当という超感覚的存在(かかわりを呼びかける実在)を介して、――規範的観点から、判断行為に理由を付与する「作為」(Faktum)が、本来の価値判断ということになる。それは「意識一般」が認識論的内在を守りつつも、シミュレートによって手を伸ばす「超越の境界」である。

「主意主義的認知主義」は、リッカートの有限者認識に拠って立つ、ひとつの認知主義である。それはあくまでも、内在にとどまりつつ、或る種の価値との隔たりを予期しながら、認知的レジスターに即したシミュレートを駆使する認知主義である。もちろん、傾向性のそれ、のみならず理由性の合理化も、シミュレーションはかかわりうる。あくまで自体的なザッヘにしたがうとき、主観の迎い入れは当為的な導出に携わると言う意識をもちうる。誤解なきように付言すれば、価値判断は、妥当をベースにした、普遍化のブリコラージュ的寄せ集めである。そこには再較正と普遍化という、主観の側からの介入が必要なのであり、それによって価値判断たりうる。価値判断が「作為」たる所以である。・未完・ラスク論で完成させる予定。

(注)スピノザ、バールーフ・デ、『知性改善論』から、当為と必然の交わるところを、最後に押さえておきたい。事柄を自体的に見れば、「真理であることが確かになるためには、真の観念をもつ以外何ら他の標識を必要としない」(35、以下括弧中の数字はブルーダー版の番号)、つまり□Aである。しかし懐疑論者のように心を盲目にされてしまった人もいるから(47)、「真の観念の当為にしたがって他の諸観念を適当な秩序で獲得してゆけば、真理は、前述のように、自己自身を明らかにする」(44)。だからObAが要請される。認識必然公準□A→ObAを説くスピノザには、真理との隔たりはなかったのだろうか。スピノザにおいても、真理が流れこむことは、稀以外ではないのだから(44)、リッカートと同床で、〈価値との隔たり〉という異なる夢を見ていた。スピノザも私たちも、認識必然公準、さらには当為を無視しえない所以は、ここに慥かに存しているのである。

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2020年01月03日

リッカートの事実判断(価値判断)-2非自然主義的認知主義

 非自然主義的認知主義的側面へと移る。リッカートの場合、事実判断が原基的に価値判断ということになるから、話が錯綜する。だがしかし妥当という(準)価値に定位することは、価値判断一般の理論をつくりあげるうえで、大きな強みを発揮すると思われる。

㈠、悩ましいが、――今述べたように――認識が係る論理的(logisch)事実判断が、実践が係る倫理的(ethisch)価値判断と同じ構造で論じられる。認識論的二元性、つまり存在(現実性)と価値(妥当)の区別が設けられる。そこで前者は畢竟、後者に依存するがゆえに、現実性の概念と価値概念は交互概念となる。しいて言えば、真理価値を前提にした事実判断と、事実判断から遊離した価値判断、〔つまり評価との〕区別がしつらえられている。後者は、学的吟味の後景に退く。

㈡、およそ価値判断に関して言えば、構造としては、@客観的価値に対するA「振る舞い」ということになろう。個人的な評価がどのように絡まってくるのか、明確ではない。@を強調すれば、――かかわりを呼びかける妥当を、実在として据える――非自然主義的認知主義ということになり、Aを強調すれば、決断主義的情緒主義ということになる。暫定的に言えば、非自然主義的認知主義(「主意主義的認知主義」)の契機が認められるということである。

 さて、妥当に関する真理同一説的境地(上の一、で述べた、非自然主義的認知主義を、とくに真理価値に適用した形態のもの)は、カントの〈真理とは何か〉という問いかけを踏まえている (G. Gabriel.&,S.Schlotter,2013,S.25)。もとよりカント解釈では、模写説を公認されるわけではなく、一致という形式的一般的基準が指摘されるにすぎない(認識と悟性/理性の原則の一致)。やや広い文脈から見て、G. Gabriel.&,S.Schlotter, 2013,S.31のフレーゲのように、一致ということがらがありうべきだとしても、それは真理の定義に与りえぬ。というのも真理の具体的確定作業は、なお一致のうちに訴えなくてはならぬからである。思えばスピノザに関連して、「真なる観念はその観念対象と一致しなければならない」(『エチカ』第一部公理六)のである 。およそ一致ということを離れると、真理を確定しえない。スピノザは、対象との一致を観念が真であるための、「外的標識」と名づける。一致をリッカートと共有するフレーゲを参照すれば、フレーゲ自身、さまざまなところで、何か現実性について言明する思想の承認のために、意味[Sinn]表現にすがるよう配向されると示唆している(G. Gabriel.&,S.Schlotter, ,2013,S.31.)。

 ここにリッカートとの実在論的接点が存する。リッカート哲学では、認識にあたって、妥当という(準)価値へと差し向けられる。もちろん基本的に価値実在論の枠に収まるという意味では、実在論の結構をとっているが、価値は同時に、超越論的な含意(客観を成立せしめる超越論的条件という含意)をもつ。(1)ではリールの実在論に接近したリッカート哲学の〈超越的観念論=経験的実在論〉的相貌を描き出すことにより、T文に依拠する同一説をリッカートに認め、同一説へとアプローチする。

 さて、リッカート哲学を同一説として跡づけるにあたり、Meerbote,R.,1995,S.351-356の形式論理的分析を援用しよう。まず価値尺度「超越的当為」[1]に「一致」することで、構成される「経験的実在」の階梯を追跡する。そして科学分類論系列[2]の所知構成論は、前科学的世界に横たわる経験の沃野[3]を、視野に入れているとして、積極的に評価したい(以下の議論は「リッカート解釈の冒険」と重なるところがあるが、〈現実〉=「知覚」という論点が明確ではなかったので書き直した)。

 [直観の多様]リッカートの分析の端緒を、個々の具体的な主観iによる、直観の多様aについての肯定判断(1)Ui(Fa)によって表わすとする。リッカートにならうなら、主観iaperceptio知得する。このレベルでは、〈多様〉は、たんに「与えられたもの」として措定されているにすぎぬ。リッカートは、意識内容中、原初的な〈現実〉として〈多様〉を考えているのである。この「知覚」(もしくは直観)に即した〈現実〉は模写によってくみ尽くせない(Rickert,H.,1910(←1899), Kap.V. 内容が〈現実〉的なものとされる。Vgl.GE3,S.209.)。学問分類論にわたる批判に言及しつつ、ディルタイは、次のように生の前科学的〈現実〉を高く評価していた。「リッカートの現実科学とは歴史学のことであって(Dilthey,W.,2004(←nach1904),S.286:Gr.1,S.327からの引用)、それは、普遍的概念を扱う自然科学とちがっている。それゆえリッカートは自然科学を勝義の学問とはしなかった」。ここで、

(1)Ui(∃y)(y=a)

(1)が真のとき、aの存在を表示すれば、(2)が成り立つ。

(2)(∃x){(x=a)&Ui(∃y)(y=x)}

(1)と(2)の双方は、aという直観の多様が、存在判断(とはいえ、それは知覚判断にも及ばない判断以前形象である)の要素となることを表現している。

 [異質的連続]以下は「異質性と連続性との結合」を説く、リッカートの『文化科学と自然科学』第二版のくだりである(Vgl.Gr1,S.34/Gr2,S.32.)。「連続は、それが同質なら即座に概念によって支配されうるし、異質なものは、私たちがそれを截り出すとき、つまりその連続性を非連続性へと変化させるとき、理解されうる。こうして学問には、その途として二つの概念構成もまた、明らかとなる。私たちは、〈現実〉すべてに挿し込まれている異質的連続を、同質的連続か、もしくは異質的非連続に変形するのである」(Rickert,H.,1910(←1899),S.33.)。〔この箇所は――アヴェナリウスを承け――「模写説」に引き摺る『限界』第一版には見られない。構成を予期する『限界』第二版の論点である。〕
 [構成の主観性]かくて構成の主観性が問われる。さらにFyで規定される概念Fが述語として入ってくるならば、ごく単純な形でも次の知覚判断[4]の形式をとる。

(3)UA(∃y)(y=a&Fy)

この判断が真である時、aが感覚的な与件である道理によって、

(4)(∃x){(x=a)&Fx&Ui(∃y)(y=x&Fy)}

が成立する。(4)は、知覚判断を示している。知覚判断といえども(カントのそれを思い浮かべればよいように)内在的【客観】を目指すのである。この関係をメアボーテにならって、たんに「指示的関係」と名づけたい。この「関係」では判断者iに言及しており、iという条件のもとでのみ、たとえばaが青い、たとえ(漆黒の)暗闇において見えなくても青い、と判断(4)を下す。

(1)(2)が直観の多様にしか言及しないばかりか、 (3)(4)のごとき知覚判断の域にとどまる。さらに進んで、これは青いものである、という青い【このもの】に関する判断は、

(5)Ui(∃y)(y=dies Blaue)

となる。このさい、判断はまだ「知覚判断」の域で推移しており、普遍妥当的判断を懐胎しえていない。

 [普遍妥当的判断への移り行き]「現実」存在の〔判断の〕形式は、となる。これを【このもの】ではなく、価値と一致した「である存在」に当てはめるのなら、「青いもの」という「現実」存在の判断は、となる。これは(3)の個体定項を個体変項に変え、青さという本質?にも言及している。つまり、「前科学的個体」概念を介して、「現実」存在の構成に関与している。〔直観の多様を〈現実〉と見なせる文脈も存在しうるが、物心に対応する水準に「現実」存在を位置づけたいと考える。〕(6)Ui(∃y)(y=dies)
 翻って最も単純な「指示的関係」は、以下の判断形式
(7)Ui(∃y)(y ist blau)
(8)Ui(∃y)Fy

によって示される。そして知覚ならざるαについて語る命題

(9)(∃x)(x=α)

へと引き継がれてゆく。この生の経験的所与にわたる議論は、以下の引用を参照されたい(Vgl. Rickert,H.,1901, Gr1,S.354-355: 1913b, Gr2,S.316-317.)。

「私たちは、それゆえ、いかなる任意の事物ないし過程それぞれに相応しい個性は、その内容が現実と合致したかたちでは、その認識にも到達できないし獲得にも値しない。かくのごとき個性は、十全に規定された諸契機のなかから顔を出すものであるし、私たちにとって意義[=Bedeutung]に溢れた〔科学的〕個体とは峻別する必要がある。この通俗的に考えられたものでしかない狭義の個体〔つまり「前科学的個体」〕を、普遍的類概念がそうでないがごとく〈現実〉ではなきこと、のみならず私たちの現実把捉ないし前科学的概念構成の産物であることを、明確にしておかなくてはならない」。すなわちそれは〈現実〉ではなく、「現実」存在の構成契機となる「所与」である*(Rickert,H.,1905,S.63. 前科学的概念構成については、Gr1,S.379:Gr.2,S.342.)。こうして「直観の多様」=〈現実〉を最基底に置き、「前科学的個体」を所与として構成が進む。勝義の普遍妥当的判断へと上昇することで、相在たる「現実」存在が規定される。

 まとめれば「科学が研究にたずさわる以前に、むしろ至るところで、すでに概念構成が生じており、把捉と疎遠な〈現実〉ではなく、前科学的個体という産物を、科学は質料〔=本稿の言う所与〕として見いだすのである」(Rickert,H.,1905,S.62.傍点ゲシュペルト)。学的概念αは、iによる「知覚」=〈現実〉からは制作できぬ概念である。

 学的概念αに関連して、コウモリがソナーによって「かたちを聞く」ことは、逸脱現象なのだろうか。いや、私もそのことを、生態学的な説明の比喩によって、理解することが可能である。つまり比喩が「文法補完的」?に用いられているにすぎない。その意味で「世界をわれわれとは全く異なった仕方で経験しているものの可能性」(村田純一,1988,47ページ)さえ認めうる。つまり「私の直接的経験から」の回り道した経験も想像できる。突拍子もつかない命題内容があるときでさえ、「私」による判断は下されること、つまり、「私」以上のものに〔実際、なることは不可能としても〕扮したとき、「私」の判断は真であると言われる。「私」には、あたかも「意識一般」を扮した命題内容の「承認」[5]が要請されるのである。そのさい「前科学的個体」は、*で見たように、一般化的方法/個別化的方法という学的概念構成の「所与」となる。学的概念構成は、そこで特殊な事物、出来事に普遍的価値を結合して(Rickert, H.,1905,S.80.) 、学的個体概念を構成する。繰り返せば、「前科学的個体」は「所与」である。この「所与」は、学的「問いかけ」の第一次的対象である。とはいえ「所与」は、概念構成を介して形式とかかわっている。けだしディルタイにおいても、「所与」とは「連関」に媒介されていたことと足並みをそろえているのだろう。すなわちリッカートの場合、「前科学的個体」の水準で、同一説が成立するのである。

 Gabriel,G.&Schlotter,S.,2013,S.31によれば、「真理の模写説を拒絶する点で、フレーゲと新カント主義者は帰一する。この立場に関連して、もちろんフレーゲの批判が一致説すべてに向けられたものでなかったことに、留意しておく必要がある。一致説は、それが定義的要求と結びついているかぎりでのみ、非難される。とはいえ、それが真理の確定作業にかかわる場合には、正当性をもっている。フレーゲ(フレーゲの文脈ではSinnに意義を当て、Bedeutungに意味を当てる。リッカートの文脈ではSinnに意味を当て、Bedeutungに意義を当てる)じしんは、さまざまなところで、なにか「現実」存在について言明する思想の承認のために、意義[=Sinn]表現にすがるよう配向されることを示唆している。この見地にリッカートとの接点が存する。つまり一致の解釈は、それじたい存立する現物との摸写として論じるときにかぎって、リッカートの批判が映えるという論点である。リッカートの超越論的観念論は一致説に抗するものではなく、ただ模写説に異を唱えているだけなのである(Vgl.Krijnen,Ch,2001,S.218.)」となる。

[1] 原型はフィヒテであろう。湯浅正彦からの引用を引いておく。「他方「現象」は、……作用を自己遂行する「根源的な自由」でもあって、この「自由」にとっては「現象」の〈一〉なる〈存在〉(=「神の映像」)は、「当為」としての「法則」として現象する」(湯浅正彦,2016,107ページ)。

[2] 『認識の対象』系列での、以下の「所知構成の階梯」と比較参照せよ。

1.経験的に与えられた直観の多様(「知覚」)が有る。知覚表象〔の断片〕に「承認」を及ぼして、「所与性の範疇」を帰属させ、個々の【このもの】が成立する段階(GE2,Kap.5,II.)。リッカートの場合、非論理的質料〔本稿の言う所与ではない〕が想定されていたとも言われる(「純粋内容」Rickert,H.,1921,S.53;1924(←1912),S.13.)。判断によって形式を与えることで、【このもの】が構成される。

2.【このもの】に「構成的範疇」(因果のカテゴリーはこの次元で働く)が帰属し、「現実」存在が構成される(『認識の対象』第二版(1904年),Rickert,H.,1904,GE2,Kap.5,III.)。GE2,Kap.5,

II/III.(第二版以降の諸版でも同様)では【このもの】以後的に「現実」存在を置いている。つまり【このもの】に「現実」(性)という形式、ならびに「構成的範疇」〔時間、空間、個別的因果性の形式〕とが結合して、「現実」存在が構成される。「所与に客観的現実性の形式を与え、そうして客観的現実を構成する諸カテゴリーを、構成的範疇と名づける」(GE2,

S.211.)。

3.「現実」存在に普遍的価値が関係して、特定の観点から内在的【客観】(因果的法則性による前科学的個体の制限は、限定的である)を概念媒介的に抽出する。「現実」存在から内在的【客観】が成立する段階(GE2,Kap.5, IV.)である。認識がなされるなら、多様からの改変[=Umbildung] (GE2,S225-.226.)をこうむることになり、「現実」存在から離れる。「或るしかじかの法則に従っていること」は、認識のあり方に対応したものである。それゆえ、この認識のあり方の形式は「構成的範疇」と区別して「方法論的形式」と呼ばれる。

[3] アヴェナリウスの影響については、Kraus,Ch.R.,2016,S.63-72を見よ。とくにその精神物理学的投影概念について、『認識の対象』第一版(1892年GE1)で批判が向けられた。

[4]ただ主観的に妥当的である経験的判断は、これを私は単なる知覚判断と称する。知覚判断は、いかなる純粋悟性概念をも必要とせず、思惟する主観における諸知覚の論理的連結を必要とするにすぎない」(Kant,I.,Bd.IV,S.298.=6:250ページ。下線はゲシュペルトでない強調、ボールド体はゲシュペルト)。

[5] 「私」が「私以上の役割」を扮するrole-takingを、ここでは「承認」と呼んでいる。

[6] こうした所知は「意識一般」に現出するのではないか。認識主観というものは、他者の判断意識を通じて思考可能なものに限られる(Dilthey,W., 2004(←nach1904), S.272.)。ところで内在的【客観】つまり自己の意識内容は、主観によって思考されうる。言い換えれば、それらはすべて、「意識」に対する内在的【客観】になる。この第三の主客対立での能知、「意識」は、第二の「主観〔心的主観=自己の意識内容を含む〕を、なおもう一度主観と客観とに分解」(GE1,S.8/GE2,S.13.)し、より狭くとったものである。第三の主観項、〈意識作用〉を指示するのに、リッカートは第二の主観と紛らわしい「意識」[=Bewusstsein] (GE1,S.8/GE2,S.13,usw.)という語を用いる。ここに、〈ディルタイ的「覚知」が作用と対象内容とを区別しなかったこと〉との、対比を見出せる。

 さらに限定して、判断主観を考えうる。この判断意識たる「意識一般」は、内在的【客観】になりうる表象主観と区別される。それは、個人的理論的自我をまるきり内在的【客観】だと考えたとしても、主観として残る (Dilthey,W., 2004(←nach1904),S.274.GE2,S.144.)。フレーゲの一致説は一見、リッカートのそれと趣を異にしているかのようである。ウィットゲンシュタインの「論考」との関係で言えば、フレーゲはタルスキのT文を真理の基準とする一致説をとっていた。しかしフレーゲ-リッカート間の対立は、リッカート的主観とすることで、超越論的観念論=経験的実在論的に解決できる。

 以上のことを大枠で捉えるなら、リッカートの超越論的観念論は、同一説を御払い箱にするのではなく(Vgl.NMS,S.218.)、ただ模写説に異を唱えているだけなのである(G. Gabriel.&,S.Schlotter, ,2013,S.31.)。というのも模写を言いだすと、循環もしくは無限後退に(G. Gabriel.&,S.Schlotter, 2013,S.27.)帰着するからであって、独立自存する原物は、ポイントを失わざるをえない(G. Gabriel.&,S.Schlotter,2013, S.31.)。ことがらに即して考えるなら、例えば「ソクラテスは賢明である」という事実と、「ソクラテスは賢明である」という命題には、言語的なちがいはない。むしろ事実と命題の間で成り立つと言われる、対応という関係が不分明なのである。「対応が実際に完全でありうるのは、対応づけられるべき諸物が一致し、したがって別物では決してない」 (G.Frege,1918-19,S.60.=四:二○五頁)ケースであるが、そのようなことなど、よもやありうるだろうか。いったいこの関係を、どのように考えればいいのだろう。約めて言えば、模写は認識の論理的特徴の誤認であり、認識の基準問題を解くことができない(Ch. Krijnen, 2013,S.51.)。――ちなみに村田純一氏からの私信によれば、現象学に同一説の徴を認められるとの由。――そうしたアポリアを自覚して、現象学では、明証経験は、経験以外の何か他のものによって、特徴づけられないとする。畢竟、現象学は、その経験のうちの内的要素をつうじて、対象自体が現われるという同一説的構えに近づいている。

 リッカートは、認識の主観的要素と客観的要素とをいずれも斥け、フレーゲ(Ch.Krijnen, 2013,S.45.)とともに、同一説、もしくは対応項を廃棄する余剰説に近いスタンスをとったのであろう。そうしたフレーゲ=リッカートラインの真理論の射程を一瞥しよう。フレーゲ的に言うのなら、「思想」は意味[Sinn]のレベルで事実と合致[coincide]する。ここでの「思想」は、真である意味的項「思想」を、事実そのものと考えるのである(もとより、フレーゲの「思想」をレファランスの項とする異説を知っている。それでは、フレーゲ的な同一性を誤解しているという誹りはまぬがれない)。片やリッカートは次のように説いていた。「一致を認識するのは、相変わらず主観が必要であり、この認識はもはや表象ではありえぬ。なぜなら表象なら、新たな一致が認されねばならず、無限後退に逢着せざるをえまい」(GE1,S.44.)。模写は――表象と知覚との関係にとどまり、必然的に現物・コピーの対応にもちこまれる以上、――無効なのだ。けだし知覚される元来の客観と、表象によって模写された客観という、二つの項に分裂しかねないから。こうして認識主観のなかに、主観列の無限系列を抱え込んでしまうことを、リッカートは指摘したのである一致はあくまで外面的な基準であって、真であると本当に言えるためには、思惟そのものの内に、その根拠をもたなくてはならない。真なる観念を偽なる観念から区別する何かリアルなもの。そうしたリアルな(準)価値が、相在を組み立てる。

 このようにして構想された妥当領域は、第一に可謬性を保証するものであり、第二に価値判断の傾向性的基盤・合理論的理由となる。妥当それ自体は価値そのものでないとしても・・・それは事実判断との接合が見られるゆえに、(準)価値的な相在の構成契機にすぎないのである。ここでいう相在が、価値そのものではないとしても、動因的・動機的に価値とかかわりうる。それは、主観にかかわりを呼びかけ、主観は決断をもって迎い入れる。注意すべきは、妥当は、事実の存在根拠であると同時に、価値の存在根拠であるという点である。もとより、独断的な思い込みをいかに排してゆくか、という問題は残るものの、具体的問いかけをつうじて答えられるべき問題であって、模範解答的な解決を与えることはできないであろう。けだし、同一を保証する「かかわり-迎い入れ」関係を説くためには、シミュレート論を視野に入れた、理論拡充が必要である。

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2020年01月02日

リッカートの事実判断(価値判断)-1情緒主義的決断主義

「リッカートの義務論的認識論

―誠実性と自己決定の狭間から見えてくるもの―」・・・既発表論文を改作

 学知の自律に関連して、理性の本性から〈自由に真理を語る哲学部〉を要請した、カントの言が思い出される。「学者公共体のためには、大学にどうしてももう一つ〔下級〕学部がなければならない。それは、みずからの教説に関して政府の命令から独立であり、命令を出す自由はもたないが、すべての命令を判定する(beurteilen)自由をもつような学部である」(Kant,I.,1917/1968(←1798),Bd.VII.S.19-20.=18:27ページ)。すなわち哲学=学知は命令について価値判断することによって、みずからの自由、自律を獲得できるのである。そこに、価値判断を理性へと遡及する、西南ドイツ学派の原像を見出すことができる。


 西南ドイツ学派の認識論は、社会的実践に焦点を結ぶゆえ、しばしばフィヒテ主義と呼ばれる。とくにフィヒテの社会的見地(同に対する異、自に対する他、おのおのは他に対してのみ立てられ、他において規定される)からの触発を受けて、共同体的視角(例えばリッカートの倫理思想、社会民主主義とのかかわりを見よ[1])をとったことが、その裏づけとなる。またマリオン・ハインツに依拠すれば、フィヒテが西南ドイツ学派(なかんずくヴィンデルバント)に与えた影響としては、

 1.批判的方法が判断と価値判断とについて、構成的区別をしたこと

 2.批判的方法の目的論的性格

 3.規範意識と経験的現実のかかわりによって規定〔される扱い方〕

が挙げられる(Vgl.Heinz,M.,2002,S.135.←Krijnen,Ch.,2001,100ff.)。とくにその容認/拒斥の感情についての着想は、フィヒテの道徳論をお手本にしている。例えばフィヒテにおいては義務に即して容認/拒斥が語られる(Fichte,J.G.,1977(←1798-1799),GAI/5.S.155.)。この両感情は二元対立性を示す(Fichte,J.G.,1977(←1798-1799),GAI/5.S.137.)。いわく、西南ドイツ学派、なかんずくリッカートの認識論は、こうした基幹構図を下絵にしている、と。例えばリッカートの、当時の心理学につうじる「明証感情」[2]は、『判断力批判』の影響下、フィヒテにならった情意的媒介を承けていると考えられる(Vgl.Heinz,M.,1995,S.109-129.)。

 とはいうものの〔Krijnen,Ch,2001,S.324.の述べるごとく〕、西南ドイツ学派は上記カントのように、価値判断(Beurteilen)を重視し、理性の実践的自律を説く。「〔妥当=真理価値の自律を意志は要求するが〕このように、みずから命じる意志は、自律的と解される」(Rickert,H.,1921,S.128-129.)。そればかりか判断を主観的恣意に任せるのではなく、いやしくもそれを認識と呼ぶならば、客体の「統一性」が認識の課題になるとした。つまり「現実」の超越論的なまとまり、ひいては真理に関する誠実性というカント的課題を、リッカート認識論はとどめている。―〔ヘルマン・ロッツェ流の〕妥当する「超越的価値」[3]が、判断の則るべき規矩となっている。例えば「雪は白い」という判断を促す、「雪は白くあるべし」のような「超越的当為」(transcendentes Sollen,Gr1, S.682;GE1,Kap.XV;GE2,Kap.IV,§.I.usw.)が主観に顕われる。ただし主観は、すべての意識内容を捨象した判断作用たる「意識一般」である。判断、つまり勝義の認識は、「超越的当為」に応じて、問いに模しうる〈主語表象と述語表象の表象結合態〉に答えることである。こうして「意識一般」は「雪ハ白イコト」という相在を構成し、ひいては「白い雪」という「現実」を内在的領域に抱え込む。そのためには、第二に「現実」の構成にさいし、価値に対する〈決断/決定〉、つまり態度「決定」(問い=表象結合、と答え=態度決定という二段階を考えると、「二重作用説」:廣松渉,1971,210-214ページとも呼べる)が、必要条件となっている。以下では、リッカートの態度決定説のうちに見出される、「誠実な」態度「決定」という契機(1)と、そのための「自己決定」(2)の関係について、考えを深めよう。

一、誠実性

 カントのごとく、超越論的対象X[4]は多様なアスペクトに対応して、「本」「一枚一枚の紙」「文字というもの」のようにまとめられるといえども(中島義道,2008,90-91ページ)、リッカートはそれらを、Xによって「まとめられた」膨大な可能性として、考えている。

 例えばリッカート自身の例ではないが、上記をフィヒテ流に読み替えれば――判断「雪は白い」は、「これは白い雪です」とも、「ここでは白い雪でスキーができます」とも、言いかえることができる。目の前(vorhanden)という条件では「これは白い雪です」、手の元(zuhanden)という条件では「ここでは白い雪でスキーができます」等々のそれぞれを、リッカートは膨大な条件の一部分をみたすものとして考えた。つまりリッカートは、既知を自覚しつつも、他の条件を除外して截り取ることによって、もしくはその背景に、匿名の私ならざるものの視点と向き合いながら、認識は成り立つ、というフィヒテの構図をお手本にしている(ただし、その匿名の視点は「非我」ではなく、むしろ「意識一般」に即している)。

 さまざまな認識の可能性に拓かれたリッカートと、カントをここで対比してみよう。『諸学部の争い』のなかでカントは言っている。イサクを殺すべし、という神の命令に対峙するアブラハムの振る舞いを、カントは非難がましく扱った。「……アブラハムは、この神の声らしきものに対して、次のように答えねばならなかったであろう。「私が私の善い息子を殺すべきでないことはまったく、たしかですが、私に現われているあなたが神であることについては、たしかではなく、またこれからもたしかになりえないでしょう」、と」(Kant, I.,1917/1968(←1798),Bd.VII.S.63.Anm.=18:89ページ) 。カントは、もし神が人間に語りかけたとしても、その語りかけている「呼びかけ」が神のものであるかは、人間には分からないと言う。つまり@理性への「呼びかけ」は有無を言わさないにもかかわらず、Aその「呼びかけ」がどういう根拠をもつかについては迷うことになる。Bしかも事実、理性に呼びかけているのだから、それに背くことは、自然必然性に従うときよりなお悪い。

 リッカート認識論に即した場合、「超越的当為」の「声」は、カント的「呼びかけ」に比べて判然としているにもかかわらず、難局に立たされる。「超越的当為」の「声」は判然としている@。ただしそれはカント的構図のなかに、実質的「対象」をもち込むようでもあるが、他律的に「認識」を提示することとはちがっている(「知的良心」GE2,S.223,S.224.に関連して理論的自律が念頭におかれていた)[5]。カントと同様、「私は信ずる」credoが理性的「判定」の審級である(Vgl.Kant,I.,1917/1968(←1798),Bd.VII.S.20=18:27ページ)。先のように、さまざまな認識の可能性に拓かれている帰結として、判断は、無限のアスペクトのなかから截り取ることになる[6]。可感界中、かように無限の(多様な)真理に向かって啓かれていることは、有限の/限界をもった人格の態度「決定」の裏返しなのである。

 このことは、ちょうどカントの場合、可感界に理性の越権が適用されるなら、そこに無限を見出す誤りを抱え込むことと照応している。この着想は、そもそも『純粋理性批判』の「超越論的弁証論」[7]に由来する。「世界はいかなる始まりももたず、空間におけるいかなる限界ももたない、むしろ世界は時間に関しても空間に関しても無限である」(KrV,A427/B455.=5:142ページ)。例えば空間の無限性について見てみよう。仮にその反対に、世界は空間に関して限界づけられているとすれば、世界の外に空虚な空間を想定せざるをえなくなる。としてみれば、その空虚な空間と世界とのあいだに、関係はないゆえ、世界はいかなる対象とも関係していない。ということは、世界は空間に関して無限であると考えざるをえない(Vgl.KrV,A433/B461.=5:147ページ。時間については同様なので省略)。つまり世界の分割の系列には究極の不可分の単位は見出しえないので、「……分割において停止するべき、経験的根拠はどこにもないのみならず、続行されるべき分割のより先の諸項そのものはこの進行する分割に先立って経験的に与えられている、すなわち、分割は無限に進行する」 (KrV,A513/B541.=5:217ページ) 。現象は有限の感性に制約されている。しかしながら理性の働きはそれを超えて――みずからを弁えず無限に進行する(フィヒテにならうなら、自我は無限の努力である)。

 リッカートにはカントが残したアポリアたる、不透明的要素が残留している。どの判断を下すかの段で、リッカートは、ビュリダンのロバのごとき逡巡に至る。「迫害者から匿われている友人がいます」と当の迫害者へと、彼から匿われた者を差し出す代わりに、「身の上のかわいそうな友人がいます」と迫害者に言うのは、端的に「嘘」ではないのかA。そうしたイマジネールな――「嘘」・饒舌・逡巡を呑み込んで、ひとつの「声」に従うさい、態度「決定」に迫られるB。

 たとえリッカートが真なる文章の意味をasozial(Rickert,H,1913,S.307; Rickert,H.,1921,S.S.332-333,S.370-371.)と特徴づけるとしても、――「私」ではなく――「私たち」は価値とmitlebenしなくてはならない。つまり「真理はただ(ダー)あるのではなく、私たちに関心を抱かせる」(Rickert,H.,1921,S.114.)。認識という営為は、そうしたかかわりのなかでの(絶対に自発的であり自由な)「創造的活動」[=Tathandlung](GE2,S.233.)なのである。だから知的良心に従う義務意識(GE2,S.234.)が機縁となって、「私たち」の「見地」が構成される。「……「私たち」は、非人格的意識の見地に立って考えよう。この見地から「私たち」は、そのなかにいる判断する「私」にしても、個別的な客体と考えることになろう」(GE2,S.146.)。

 フィヒテが実践的に自己を啓いてゆく「倫理」を先取りしたように、リッカートの論じるところでは、義務に従う認識の営みのなかでも、実践的態度「決定」が要求される。つまりリッカートは「判断が〔心理状態として〕何であるのか、という観点からではなく、判断が何を遂行するのか」 (Rickert,H.,1904,S.88.下線ゲシュペルト)という実践的見地に立つべきとした。例えばフィヒテの実践的「決定」にあたるものを、リッカートが考えていたとき、私と他者とに通底する、反省的な暴露機能が想定されていなかったか。とくにフィヒテ-リッカート-ヴェーバーにつらなる主意主義の系譜では、理論と実践との壁を超えるべく、自己みずからが責任を引き受けると考えられた。すなわちカントの困惑、「物自体の不可知ゆえの表象の戯れ」(廣松渉,1990,56ページ)に直面して、新たな知の基盤として非知的な生、実践的基盤へと私たちは配向される。私たち「人間存在は、生において通常の経験とは別のところで付随的に知を有し、当の経験を説明したり基礎づけたりといった仕方で知に(ママ)わっているのでは」ない。より根源的には私たち「人間自身が知なのである」(廣松渉、同箇所)。

 かくてリッカートの場合、倫理的態度として「誠実な」態度をとらざるをえない。そうした義務意識は、対他的には誠実性というかたちで現われるであろう。他者に対して認識が啓かれているということで、誠実な関係としての〈妥当が成り立っている状況〉[8]を考えていこう。つまり第一に真理は、自己/他者に対しても啓かれうる=(1)

 もとよりその「自己決定」は、「誠実性」の必要条件にすぎないとはいえ、次に、「誠実性」に関して、どのような示唆が得られるか、考察したい。

二、自己決定

 「誠実性」の必要条件となる、「決定」ということに関連して、理論理性的に捉え返せば、「無底」という他ない。つまり義務論的認識論が妥当することは、「深淵/無底」を跳び越す一つの「決定」に依拠している。例えばハバーマスによるポパー批判を見てみよう。エンドクサたる基礎命題は「私たちに直観的かつ無媒介的に、明証的に与えられていると〔ポパーは〕する」。ポパーによれば全称命題を反証する、「一つの観察結果を表現するこのような基礎命題に対しては、にもかかわらず間主観的承認は強制されない。すなわちこの命題そのものが、その経験的吟味のためにこの命題が役立つべき法則仮説とまったく同じように」 (ハバーマス・J著,城塚登/遠藤克彦訳,1979,181ページ) 無根拠である。ゆえに「ある基礎命題の容認が経験にあっても、十分に動機づけられているか否かについての決定が表明されねばならぬ」(ハバーマス・J著,城塚登/遠藤克彦訳,1979,183ページ) 。ハバーマスが言うように、根拠なき「決定」ではあるものの、むしろ積極的にポパーの言う無根拠を認めたら、どうであろうか。事実判断も価値判断の一種である、つまり判断は一種、エンドクサに対する「決定」 である、と見なしたらどうだろう。そのさい、判断の理由が主体にとって無根拠であるがゆえに、一種の「決定」に委ねられる、と。この「決定」という言葉は多義的であるが、さしずめ以下の《決定》[10]と区別されねばなるまい。

 「決断主義」ということで、ポパー的な非反省的意識としてのシュミット的《決定》が思い出される。それは、ハバーマスの批判するがごとき、非批判的意識であって、政治的に素朴な意識である。ハイデッガー的主体の《決定》につらなるそれは、賢しらへと配向される。

 循環はどこか自分の「決定」によって断ち切らなくてはならない。それも《決定》を回避したかたちで。裏返せばリッカートの場合、思い切った判断行為が、営まれるべきなのである。言いかえればこのことは、「私」を起点にして「決定」ということを考えることである。したがってリッカートの判断行為には、第二に、イマジネールには違背しうるにもかかわらず、あえて振る舞う[=Verhalten]という「自己決定」の「ふり」をかたどることができる=(2)

 理性的存在者たる人格が、自分のなした行為に対して責任を負うのは、他人の追及や強制によってではない。責任があるのは、当人が理性により適法的行為(義務に適った行為)をなすように命じられており、他人の権利行使の自由を侵害せぬように、みずから強制していたとき、つまり「自己決定」していたときである。「深淵/無底」の前で振る舞う〔自己みずからに対する〕促しは、理論的理性を越えた「自己決定」の「ふり」に接続するのである

 カント中、「自己評価中立的な」「自己決定」は、合理性の指標と見なせる。例えば『人倫の形而上学の基礎づけ』第二章[11]は、何を立てるか(普遍的法則を[12])、何に対して立てるか(目的自体としてのすべての理性的存在者に対して[13])を引き継いで、誰が立てるかを問題とし、第三の原理[14]として以下を要求する。「それぞれの理性的存在者の意志は普遍的に法則を立法する意志である」(Kant,I.,1911(←1785),Bd.IV,S.431.=7:69ページ。下線ゲシュペルト)、と。「自己決定」という形式は、道徳法則を迎え入れる理性的存在者にとっての必要条件となる所以である。

 加藤泰史氏のご教示[19]によれば、ノーマン・Rの批判は、自律を「自己決定」に矮小化しているとの由。「自己決定」はたかだか、自律のある種の形式しか配視していないからである。さらに氏によれば、「もとより自律にしろ、いわんや自己決定にしろ、誠実性が他者によって相互に担保される〔=誠実性が実現する〕保証はない。帰結の点から言えば、個人にとって「賭け」にとどまる。だが「価値観的に」同形の他者に思いを託せるのである」とされる。これを引き継いで言えば――たとえ「自己評価中立性」にとどまる「自己決定」にしても、「私」を起点とする(安彦一恵の言う「自己善」,2013,159ページ以下)ことは、「私」で閉じるということではない、つまり「私」から他者へ至る回路を遮蔽するものではないのである

 はたまた「自己評価中立性」の形式を取り出すことに意味は、見出せない、という批判もあろう。しかしこのように帰結に結びつく保証がない「形式」に注目することは、価値観的に同形の他者を思念することである。「賭け」(デリダなら「郵便的」と形容するところだろう)に共鳴する他者が存在する可能性を示唆する点で、規範の「形式」を考えることは無意味でない。もとより、この「自己決定」の形式は、自律の必要条件にすぎない。むろん自律の十分条件ではありえない。その意味で「自己評価中立的」な認識論は、他者へと開かれる途に可能性を託す。もしくは他者への回路の論理的可能性を考量している点で、十分、有意でありうる。換言すれば、そうした内省は、他者をいかなる意味で信ずるべきかへと考えを促す。おそらく、「誠実な」認識と「自己決定」をつなぐ項は、リッカートの場合、「意識一般」である。 

 しかし、本稿ではその架橋は理論的見地ではなく、実践的見地に拠るとして判断を留保した。というのも「現実」と「妥当」との間には、理論理性では解決のつかないアンチノミーが介入するからである。私たちは「内容的には非合理的な〔つまり一義的解釈を強いない〕現実」に正対しながらも、両者を橋渡しする、「神性」に依拠した信仰に賭けて(Vgl.GE3,S.448.)、かろうじて認識の根底をすえる。そのことが義務論的認識論の精髄をなし、それをつうじてのみ、「妥当」に至る通路が拓ける。つまりリッカートの論理的「無底」を支えるのは、「宗教的実践」である(Vgl.Hessen,J.,2015(←1919),S.34-35.)。

まとめ

 カントを支持するリッカートに戻れば、「超越的当為」とは、他者に対する誠実性へと向きながら、イマジネールには「自己決定」の「ふり」をして――「嘘」・饒舌・逡巡の可能性に拓かれながらも――「深淵/無底」の前で態度を迫る価値である。つまり普遍的主観性に対する「超越的当為」の妥当に「誠実に」与りながら、他人と誠実な関係性を結べないという可能性を孕んでいる。リッカートは、その「超越的当為」(後の文脈では「超越的意味」)を、価値実体の主観的な側面、もしくはその主観へのかかわりとして規定しつつ、カントの炯眼を配慮して、それを超越論的条件として位置づけた。「超越論哲学は妥当問題を思惟の外部に横たわるメタ-経験的な存在に訴えることなく、そもそも思惟の妥当機能的分析〔意味分析〕をとおして遂行/成就する。……したがって理論的に対象となる意味は、判断によって組織化された意味、――つまり判断が構成的に成り立つことによって原理が得られる意味なのである」(Krijnen,Ch,2001,S.345.Vgl.S.105.)。

 西南ドイツ学派は、排中律にしたがう客観的判断を認めつつも、同時に主観的な価値の現われをイマジネールな踏み台とする(これを先に述べたように「ふり」と呼ぼう)。義務論的認識論は、他者に対しても「誠実な」認識を啓くとはいえ、客観的判断への背馳の危険を犯して、つまりさまざまな認識の可能性のなかから截り取る、「自己決定」の「ふり」をする。それゆえに「超越的当為」が促す、誠実性への啓けと、「自己決定」の「ふり」は、リッカートの〈決断/決定主義〉を規定しているのである。

補足 情緒主義的決断主義に傾くなら、間主観的な一致が不可能になりかねない。また非合理的決断という要素を抱えてしまう。問題は、明証性という感情を、他に対する規範的情緒と考えることである。それとともに記述的に自分の振る舞いといったものをこめることができよう(説得型情緒主義への蝉脱)。しかし振る舞いに重心を、置くことによって、対象(情緒ではなくて)に関する記述が宙ぶらりんになってしまう。これに対して、振る舞いを誘導する、対象=道徳的事実からのかかわり(傾向性経路と理由付け経路がある)を考えることによって、記述との接合性を考えてゆけるのではあるまいか。価値とは成り立ち的には、共変群概念である。しかしメカニズムになお、統一的観点を持ちこむことができる。

追記:本論文は、JSPS科研費15K02024の助成を受けたものである。

2016/12/24科研費研究会の諸先生の御発表に多くを負っている(共同執筆者として連名にするべきか、とも迷ったが、論文の表現は、ひとえに九鬼の責任に帰すべきものであることを明記しておく)。発表及び資料提供を賜ったのは、廳茂先生/加藤泰史先生/高橋文博先生/香月恵里先生である。取り分け、本論文の「決定主義」の誤解は廳茂先生によって正されたし、「自己決定」に関する解釈は加藤泰史先生から、基本的アイデアをお借りしている。あらためてお礼を申し上げたい。

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[1] Willey,T.E., 1978,の伝記。Rickert,H.,1923をリッカートの社会民主主義との結びつきの証左として挙げられる。フィヒテ/西南ドイツ学派研究に立脚した、南原繁の超国家主義(国体主義・ナチズムの対決)を想起せよ。南原繁,1959,『フィヒテの政治哲学』岩波書店。フィヒテには、大きく言って道徳的な自律に基礎を置く自由主義から、国家の教育的統制に顕著な社会主義への移行が見られる。とくに後期、フィヒテは、道徳性の有無や程度の選択にあたり、無際限な自由を許容するということをまさに背景として、〈すべからく道徳的裏付けがなくなったときでさえ、善意志なしで実現されるべき〉鉄の掟としての法を強要した。彼によれば、「機械的必然性をもって実効的に働く手立て」を講ずることが、「自我の自由な道徳行為の余地」を、現実のなかで永遠とする手引きとして解されたのである(瀬戸一夫,2001,235ページ)。

こうしたフィヒテの態度を、リッカートは受け継ぐ。すなわち「社会的世界がいかに構成され、それがまさしくこの世界の認識にどのように帰結するか」(Krijnen,Ch.,2016,S.75.)を問い、「社会的現実」を問題にしたのである。そのさい導きの糸としたのが「価値の理論、ひいては本性的に社会的なものの理論」(Krijnen,Ch.,2016,S.78.)であった。それ(価値の体系)はリッカートの哲学で「社会的なものの原理論」(Krijnen,Ch.,2016,S.80.)の役割を果たす(彼の倫理学・愛の学・社会的宗教学を想起されたい)。フィヒテと歩調を合わせるかたちで、リッカートは価値の体系中で、「人格は文化的財の成り立ちにとって、実在的条件として欠くべからざる前提である」と見なした(Krijnen,Ch.,2016,S.84.)。

[2] 「当為の感情」とも呼ばれる。GE2,S.119.Vgl.GE2,S.115のブレンターノのごとき、明証性と感情の結びつきを想起せよ。判断必然性の感情も参照のこと。Vgl.GE2,S.126.

意欲する人間にとっての義務意識の妥当は意志の決断による、と言える。真理への意志(ヴィンデルバント)が知的良心の承認にとって、同様に必要となる所以である。すなわち認識は「創造的活動」[=Tathandlung]にもとづく。論理的自律の概念が道徳的自律の概念と同様に、成立する (Dilthy,W.,2004(←nach 1904) ,S.297.)。

[3] リッカートの場合、論理的には排中律が成り立つことを前提するものである。「約めて言えば、いかなる判断の論理的意味にも肯定もしくは否定のいずれかが含まれていなくてはならない」(GE2,S.97.)。それゆえ、価値に関する実在論的了解が入ってくるだろう。結局それは、認識論的主観と存在論的には独立な規矩となるだろう。〔内在主義の域内で推移するラース的な相関主義ではなく、価値実体主義的な枠組みに収まる。〕

[4] 超越論的対象によって、可感界と可想界とを架橋する試みが、成功しているか否かは棚上げにして、議論を進める。

[5] クライネンによるリッカートの自由論の紹介を見よ。自由論を基本的に「世界全体論」のなかに位置づけたうえで(Rickert,H.,1921,S.298-300.もしくは全体的人間論,Rickert,H.,1934,

S.226,230-232.)、その基本視座を批判的主観主義(実践的に自由な態度「決定」による、実践的領域への移り行き。したがって自由は特殊実践的な概念ではない)に求めることによって、根源的自由の発動を担保しようとする。もしくは方法論的形式に比べてより基本的に働く構成的形式(態度「決定」の作用は基本的に自由Vgl.Rickert,H.,1921,S.298-300.)に、自由のありかを探ろうとするものである。そのさい、リッカートは以下の三つを区別する(GE6,S.447.)。

➀自然因果性からの人間の自由。つまり「自然の自由」。A「歴史の自由」。B構成的現実範疇たる因果性の原理からの自由。

 およそ、因果性のカテゴリーは現実範疇として妥当するが、方法論的形式としての因果的法則は、個別の事象には妥当しないとするものである。むしろ「価値規定性」こそ「実在規定性」と区別されるべきであり、すべてのものは「原因」をもっていないにしても、価値的根拠をもっているとでも言うべきか。それゆえ態度「決定」の能作に自由の根源を遡及できる(Krijnen,Ch.,2001,7.2.3.3.)。

[6] 前批判期のカントなら、無限の概念と神の遍在性を結びつけるだろう。「それなら私はさしあたり、永遠に続く未来は真に無限の多様性や変化を含まないのだろうか、そして、この無限の系列は、すべていまでも神の知性に一挙に現前していないだろうか、と問うことにしたい」(Kant,I.,1902(←1755),Bd.I.S.309-310.Anm.=2:110ページ、原注)。

[7] 「宗教的に信じているものの知があたかも可能であるかの幻想」を知の領域から峻拒し、他方、「非理論的生に、その生が必要とする自由が賦与されるのである」。かくのごとき理論外の価値領域が配慮され、「超越論的弁証論」の問題圏に至る。Vgl.Rickert,H.,1924,S.193-194.

[8] 当為は純粋に客観主義的に考えられていたわけではなく、ロッツェにおいては「普遍的主観性」に依拠しながら構想されていた(Baumberger,F.,1924,S.78.)。ただし理論的形象にとって「社会的連関は等閑視される」(Rickert,H.,1921,S.371.)ものの、「普遍的主観性」の証左として、学知の定義においては、確定した概念構成は、多様な個人的意見を超え出るための手段と考えられていた。Vgl.Rickert, H.,1924,S.43.妥当と妥当性のちがいに実質的に触れている箇所としては、Vgl.Rickert,H.,1924,S.102-103.

[9] 加藤泰史,1992,82-85ページ。「強制」という観点が出てくるのは「感性に対する理性の制約」という見地に因るのであって、理性それ自身としては、「強制ならぬ本来的なあり方」に即しているとのご指摘を、高橋文博氏(2016/12/24科研費研究会にて)から賜った。「可感界に対する可想界」の制約を強調しすぎたが、むろん両者が二様の視方(遠近法主義)であるという見地に立てば、制約は存在論的には解消される、ということになる。

[10] 廳茂氏(2016/12/24科研費研究会にて)から、シュミットとの決断主義との異同を明確にするよう、ご忠告を賜った。

[11] 佐藤労,1992,44-45ページ。第一方式の解釈には幅がある。以下の記述は佐藤論文に拠る。

[12] 第一方式とは「自分の行為の格率が自分の意志によって普遍的自然法則になるべきであるかのように行為しなさい」(Kant,I.,1911(←1785),Bd.IV,S.431.=7:53-54ページ,下線ゲシュペルト太字ボールド体)。

[13] 第二方式とは「自分の人格のうちにも他のなんぴとの人格のうちにもある人間性を、いつでも同時に目的として必要とし、決してただ手段としてだけ必要としないように、行為しなさい」(Kant,I.,1911(←1785),Bd.IV,S.431.=7:65ページ,下線ゲシュペルト)。

[14] カントの論証は、ここまででは立法行為のうちの矛盾を解消しえていない。さしあたって「自己決定」という暫定的名称に対応させておく。

[15] センの想定する義務論的制約では、価値観の共有が前提されている。それゆえ、カントから見れば「自己の価値観や理想を身につけたままで他者の立場に身を置いたとしても、それはあくまで他者の立場に置いた自己(私)であるにすぎない」(新田孝彦,1987,5ページ)という批判がありうるが、ここでの議論では、カント的自律の必要条件で推移しているので、強いイミの「普遍化可能性」を要求せずともよい。

[16] 「観察者相関性」(VR)は「帰結主義者」として捉えないさい、ポイントとなる。「観察者中立性」が成り立つと、当該行為者は「帰結主義者」になってしまう。対照例として、センの言う「連帯尊重」を分析してみれば、「連帯に直接応接する行為の価値づけを重んじる点では誰もが同じ目的をもつこと、例えば各人の子どもたちの手助けをする分には、その行為を重んじる」(Sen, A.K., 1982, p.27.)という帰結にかんする中立性(VN)を認められる。功利主義ならずとも、「連帯尊重」のごとく、「帰結主義」では一般に「観察者中立性」(VN)が成り立つ(ref.Sen, A.K., 1982, p.31.)。

[17] とはいえ、カントにせよ自分に対する救助を止めない、というわけでない。「というのも、他人の愛や同情を必要とする場合が幾らでも生じるかもしれないのに、そのようなことが自分自身の意志によって自然法則となっていれば、自分が願う援助の希望をすべて(みずか)ら失うはめになる」(Kant,I.,1911(←1785),Bd.IV,S.423.=7:57ページ)。「私たちの耐える他のすべての災いは、これ(不正)に比べれば無である。自己保存が種の保存とともに成り立つかぎり、責務はただ必要な自己保存にのみかかわり、その他のものは恩顧と好意である。しかし私はまた、私が穴に落ちてもがいているのを見ながら、冷たく通りすぎて行くすべての人を憎むであろう」(Kant,I.,1991(←1764/1765?),なおAkademie版,1942ではBd.XX,S.36.=18:

179-180ページ)。

[18]ここでアイヒマンの場合の、「自律」を見てみよう。彼は、ユダヤ人虐殺をカント倫理学によって正当化しようとした、と言われる。つまり熟慮を重ね、カントの定言命法を適用したうえで、ユダヤ人を絶滅すべきだ、という結論を得たと言うのである。彼はたんに上部から命令に従ったのではない。内なる呼びかけに従って、悪への積極的コミットに、(道徳的愛という)傾向性にあらがってまで、忠実たらんとしていたと言う(Arendt,H.,1977(←1963),p.150.)。このことは、ある信念を抱いたとき、それを普遍化することは、形式的/論理的には可能という義務論の限界を指し示しているのかもしれない。アイヒマンはたしかに「誠実」であった。もとより彼は、「ヒトラーへの盲従」という他律的な要素を、社会で共有していたかもしれない(香月恵里論文http://www.osu.ac.jp/~kazuto/eri_katsuki_version2.pdfのsowohl als auch論を参照)が、ヒトラーの指示に、みずからの定言命法が則したものを発見していたのだろう。これは定言命法には、良心の「呼びかけ」に真摯に耳を傾ければ、道徳的正邪の判別が可能であるということが含まれていないことを意味している。つまりアイヒマンに「自己決定」を見出す可能性は完全には否定できない(例えば牧野義彦,2015,51-54ページ参照)。

[19] 2016/12/24科研費研究会にて。

posted by 9ki1to at 06:03| Comment(0) | 価値 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする