2019年01月25日

これが「ひねり」だ。=2019/11/13=2019/12/31

 マンドリン事例には、さらに意図と言えるものがある。それは、作者エラリー・クイーンの意図である。彼にとってのマンドリンの機能・記述は何か。凶器?鈍器?いや「巧妙な凶器」と言うべきであろう。作中人物とは違う次元で、作者の意図は、読者との間に「重畳性」をもちうる。このフィクションにかかわる解釈の共有を「解釈性」と呼ぶことにする。

 ここで読み取るべきは次の点である。

 作中の凶器・鈍器・楽器という意図と、作者の意図が「逆立」するところに、「巧妙な凶器」の技巧性が生まれる。この内包に即した新しい価値の策出は、九鬼が「ひねり」と呼んだものと対応する。: 「ひねり」と呼んだのは、次のような例であった。いくつかの価値判断があるとする。イヌは噛むから、相対的に危険だ(a1(k1), K1)(a1(k1)は帰結k1の記述。K1 はk1を含む機会集合。以下同様)、転びやすい床は、相対的にあぶなっかしい(a2(k2), K2)、……を総合して、私たちは例えば、「身体的健康に配慮すべきである」Vaという類の一般的な価値判断を形成する。ただしここでは単純な一般化と言うより、一種の「技巧」が加わる。すなわち、バンジージャンプは危険だけれど、相対的にスリルがある(a3(k3), K3)、多量の飲酒は体を壊すかもしれないが、相対的に快楽を伴う(a4 (k4), K4)、といった(a1 (k1), K1), (a2 (k2), K2)と一見、整合的でない価値判断がある場合、「自己の身体は大切にするべきであっても、自由主義の享受を適度に実現する可能性がある分には、身体を危害にさらしてもかまわない」Vaという具合に、一見予想される「身体的健康に配慮すべきである」Vaより、技巧を経た《ひねった》「解釈」を個々の価値判断間につけるのである。その技巧性により、「ひねり」は、美的観点からだけではなく、高い価値をもちうる。

 審美的判断の照会>較認と倫理的判断の較認>照会を区別する必要があろう。N>DはNが当為的機能、Dが慾動的機能を果たすことを示す。

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posted by 9ki1to at 04:46| Comment(0) | 価値 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする